大須に住んで、食べて、遊んで、ほっとする。
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  • わたしが大須に行き着くまでを何となく振り返った。

    Posted on 3月 28th, 2009

    ずっと、そうだ10年ぐらい前から、ずっと大須に住みたいなあと思っていた。

    10年前か。
    そのころは南区に一人暮ししていた。
    当時勤めていた会社のすぐ近く。裏。

    その頃知り合った人が大須に住んでいて、
    なんかとってもうらやましかったのを覚えてる。
    そんなところ住んでたら毎日お祭りじゃん!….ってそんなわけないのだけど。
    私もきっと若かったのだ。

    一人暮しはひょんなことで終わりを告げ、
    その後、もっと住んでいた南区よりももっと南の南区にある実家暮らし。

    わたしは、実家近辺があまり好きじゃない。
    まわりのおばちゃんたちはすきだし、
    母と暮らすのも別にいやではないのだが。
    どうしてだか好きじゃない。

    まあ、まあ、いろいろで1年ほどして南区を脱出。

    大学時代を過ごした瑞穂区へと引っ越した。
    ちょうど、大ちゃんと一緒にいった喫茶店の向かいのマンション。
    大ちゃんのかつての下宿先も、田中さんのかつての下宿先もすぐ近くだった。

    瑞穂区はいいところだ。
    静かだし、丁度いい感じの品がある。
    ただその間も、一緒に住んでいた人と「大須とか住みたいよね〜」と話していた。

    大須に遊びに行くたびに「住めるところあるんかしら」なんてわりと二人でじろじろ眺めていた気がするのだが、そのころはなんだか全く住める気がしなかった。

    あれだ、例えばだ、「『背の高い人が好きなの』といいつつ背の高い人とつきあったことが無い」という現象に似ている。そんな希望を持ってはいるが、現実的にはどうでもいいということ。当時はきっとそうだったんだな。ただ、「大須に住みたい」って言っているだけ。希望を述べているだけ。

    そして、また突然に、瑞穂区から中区は伏見に移り住むことになる。
    実はわたしとしてはしぶしぶの引っ越しだった。
    あれもこれも納得はいかなかったが、結局流された。流された私が悪い。

    しかし住めば都というべきか。というより引っ越してしまったのだから良い場所だと思い込みたいというあたりをはずしてみてみても、ぼちぼちに伏見はいいところだった。
    ビジネス街なので休日がとても静か。白川公園で朝散歩するのはとても気持ちがいい。
    栄エリアのようにゴミがごちゃごちゃ落ちたりしていない。
    不便なことといえば、スーパーがちょっと離れていたことか。
    ただ、デパ地下の野菜は意外にも安くて新鮮。
    奇麗なキャリアウーマン達にまぎれて、大根下げて帰るのが少し恥ずかしいだけで。

    そんなこんなで半年が過ぎた。
    たった半年で、けっこうな「事件」が起った。

    「青天の霹靂とはこういうことを言うんだぜ!」

    と私はいまでも大声で叫びたい。
    霹靂度ランキングなんてものがあるのなら、かなり上位に食い込むはずだ。

    まわりは、それを「方角が悪かった」と結論づけた。
    私はそれに賛成しないが、反対もしない。

    結局、わたしは引っ越すことになる。
    事件後1年半はそこに居たので、伏見に住んだのは2年ほどになった。

    「事件」はけっこうなものであったにしろ、
    今思えばひとつの「ギフト」だった。
    「起こったことは全て正しい」とは良く言ったもので、
    それがどんなものであれ、理由がある。
    それを、ギフトと感じることができるかどうかは、
    ちょっとした思考のコツだということを、その後学んだというわけだ。

    さあ、伏見から脱出となり、
    「このタイミングで大須に引っ越さないと嘘だ」と思ったことを良く覚えている。
    「だってずっと住みたかったんだから。今、住みたいところに住まない理由が一つも見当たらない」と、わたしは友人と母親に告げた。

    部屋探しは大変だった。

    大体、会社勤めしていない(わたしは在宅の個人事業主だ)上に女ひとり。
    救いであったとても親切な仲介屋のおにいさん(といっても実は同い年だった)が懸命に探してくれたが、なかなか気に入る物件が見つからない。

    「上前津のほうがマンション多いし、地下鉄も便利ですよ」

    そうお兄さんは慰めるように(そして諭すような笑顔で)言ってくれたが、私は首を縦に振らなかった。
    母は「お兄さんの言う通りだ」と言った。
    ちなみに母はお兄さんのようにやさしくはない。さっさと決めろと言わんばかりだ。彼女は「迷う」ということを知らない。

    わたしはただ、「だってずっと住みたかったんだから。今、住みたいところに住まない理由が一つも見当たらない」と、繰り返した。

    きれいに晴れた夏の日に、なんとか気に入る部屋が見つかった。

    「この子、気に入ったみたいです」

    ほっとした母とお兄さんが顔を見合わせて微笑みあっていた。
    それをわたしはちゃんと見ていた。

    引っ越し当日は、人生の大先輩達が何人もかけつけてくれ、手伝ってくれた。
    そのおかげで、日本一がかかった中日ドラゴンズの試合をテレビでみることができたし、
    ちゃっかりわたしは大須のまねきねこ広場で、すこしだけビールをかけてもらった。

    こんなふうに過ごした、最初の夜。
    ご機嫌といえども、眠りが浅くきっと神経が高ぶっていたに違いない。
    次の日の朝、6時。大須観音の鐘の音がゴーン!!と鳴ったことに驚いて、飛び起きる。
    まるで耳元で銅鑼を叩かれたように感じたのはその朝だけで、
    次の日からは自分でもびっくりするほど良く寝られた。
    ありとあらゆる「眠れるグッズ」を駆使しながらも、あれほど入眠に苦労していた瑞穂区/伏見での生活はなんだったのだろう。

    「やっぱり方角だよ」

    友達はそういった。
    私は賛成もしないが反対もしない。

    ただ、どうせ古くさい表現をするなら、

    「憑き物が落ちた」

    といって欲しい。わたしは常々そう思っている。

    それから1年半。ここの暮らしにもずいぶん馴染んだ。
    今はここを離れたくないと思っているけど、さあどうだろう?

    ここまで書いたら、また引っ越すような気がして来てしまった。

    それはそれで、そうだとしても、わたしは大須がやっぱりすきだ。

    少し名古屋駅の方へいけば、友人も住んでいる。
    鶴舞線でつながっている後輩もいる。
    近所の伏見や栄には頼りになるキャリアウーマンのおねえさまたちがいる。
    困ったことがあれば駆けつけてくれる友人が何人もいる。

    友人たちはここを「公開秘密基地」にしている。
    公開で秘密だなんてあんまりだが、まあいいだろう。
    友人のひとりはここを「魔境」と呼ぶ。
    足を踏み入れると時間の流れがちょっとかわるんだそうだ。

    ここは広くはないし、たいしてキレイではないけど、
    わたしはやっぱり気に入っている。

    そう、「今のところ」は。

    次に引っ越したい場所が出て来たとしたら、それはそれでとても幸せなことだ。

    で、どうして大須に住みたかったのかは書いていないのだけど、それは追々の話。

    author-icon posted by あめい
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